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2009.09.22 (Tue)

支援の必要性を判断する基準

以前から疑問に思っていた事がある。


学校の先生が支援の必要性を感じる時
         ↓
学校の先生の困り度合いが高い時



つまり子どもがどのくらい困っているかではなく
先生がどのくらい困っているかが基準になっている。


私の子どもたちは…とりあえず学校では我慢する。

「もう、イヤだ~!!!」と叫んで教室を飛び出したくても出来ない。
それが出来る子どもがうらやましい。
自分は唇を噛んで(痛みを加えて)我慢していると言う。

急な時間割の変更…イヤそうな顔はしても暴れない。
「うわ~!!」と叫びたくても叫べない。

そういう風にひたすら我慢するタイプの子どもは
この子は支援がなくても大丈夫と見過ごされがちだ。

この子たちは家に帰って発散する。
ストレス限界になってから、電池切れになる。

幸いわが子は早期に診断を受けているので
「平気そうに見えてもしんどいんです!」と言えるのだが
それでも、外に辛さを出せる子どもの方へ
先生の注意は向いてしまうのだろう。



これは、学校の先生に限ったことでなくて
親の方も家庭で困ってなければ…支援の必要性を理解できない。

そんな訳で…

子どもの発達障害に向き合う親の
先生が理解してくれない親の悩み

子どもの発達障害に向き合う先生の
父兄の理解を得られない先生の悩み

どちらも悩ましい問題だと思う。

最近、とても心配になるのは…なんていうか…
恵まれた発達障害の子ども恵まれない発達障害の子ども
表現が適切でないかもしれないが、
特別支援教育の中にも格差みたいなものが出てくるのではないかと思う。


わが子の発達障害を受け入れられない親御さんの子どもたちは
家庭でも学校でも特性に合った対応をしてもらえない。

学校が対応しようとしても「みんなと同じにしてください!!」と
受け付けないケースもあるという。
いくらかは問題を認識していても
個性と思いたいとか躾で何とかなるはずとか…
わが子に障害があるなんて認めたくない、
そんな思いがそうさせるのかもしれない。
もちろん医療機関への受診も拒否してしまうそうだ。

(私にはこの気持がうまく理解できない… 
 そういう体験を聞いたり本で読んだりして
 受け入れるまでに大変な思いがある事を知った)



何かしらSOSを発信出来ていれば、誰かが気付くかもしれない。
親も認めざるを得ない状況になるかもしれない。

でも、ひたすら我慢するタイプの子供だったら誰も気付かないだろう。
本当に限界を超えた時(思春期以降)に爆発するか…
心に深い傷を負って成人期に入ってまいってしまうか…

特別支援教育…まだまだ課題があるけれど
それでも少しずつは前進してると思う。
その支援からこぼれてしまう子どもたちが出てくると思う。


発達障害(の診断)の有無にかかわらず
支援が必要な子どもに適切な支援が届くようになって欲しい。
実際、そういう風に柔軟に対応している学校もあるそうだ。
しかし、なかなか広まらないのが現実。


早い時期にいい接し方をしてもらった子どもは
苦手も大事な自分の一部として捉える事ができる。
自尊感情がきちんと育まれていく。


子どもの問題行動→SOSである事
目立ったSOSを発信出来なくても何かしらSOSサインがある事

そんな事を、もっと知ってもらいたいと思う。
地道に伝えていく事をしていこう。


でも、アスペルガーの子どもたちの
とっても素敵な魅力もたくさん伝えたい!!





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テーマ : 発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル : 育児

12:04  |  ひとりごと  |  TB(0)  |  CM(14)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●適切な支援が必要ですね

こんにちは。

おっしゃるとおりだと思います。

定型の人が困っていなければ、支援はいらない。
判断基準が、ほんとうに、本人が支援を必要としているかどうか、ではないのですよね。

結局、現在の発達障害の支援教育は、定型の人の都合に合わせて行われているということなんですよね。

けれど、これは、定型の人の独特の想像
「自分達が困っていない」=「相手も困っていない」
なのかもしれないな、と思います。

だとすれば、
やはり、当事者が「そうじゃないんだよ」と声を届けていかなければならないですね。

そのためにも、定型の人が抵抗なく意見を聞けるような社会適応をしたあすぺさんが、その役割を果たすのが一番よいのですけれどもね…

そうすれば、
アスペルガーのマイナスのイメージが払拭されて、
我が子の障害を否定する親も減るかな…
そんな風に思います。

しーた |  2009.09.22(火) 18:14 | URL |  【編集】

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2009.09.22(火) 19:45 |  |  【編集】

●Re: 適切な支援が必要ですね

しーたさん

こんにちは。

地元で発達障害支援を考える立場の人はいわゆる専門家と家族代表で
肝心の当事者はカヤの外でした…
当事者自身が伝えるのは…やはり高度な社会性とか適応能力を
必要としますから、仕方ないと言えば仕方ないのですが…

> 当事者が「そうじゃないんだよ」と声を届けていかなければならないですね。

そうなんです!それは絶対に必要だと思います。

> そのためにも、定型の人が抵抗なく意見を聞けるような社会適応をしたあすぺさんが、その役割を果たすのが一番よいのですけれどもね…

困難さばかりを訴えると定型さんは責められていると感じるかもしれないので
私たちもできる努力はしますよという姿勢が大事だと思います。
しーたさん程ではないですが、
私もそこそこ適応モードを修得できていると思うので
(周囲からどう見えているかは(不明)ですが…)
定型さんが「そうか~!」と思ってくれるように伝えていきたいです。

また、遊びに行きます。コメントありがとうございました。
絢未 |  2009.09.23(水) 14:28 | URL |  【編集】

●Re: タイトルなし

どうもです!

支援が特別な事でなくなったらいいなって思ってます。
「定型さんもOK!アスペさんもOK!」になればいいですね!

絢未 |  2009.09.23(水) 14:32 | URL |  【編集】

たまに読ませてもらっています。
今回のは書きたくなりました。

>先生が理解してくれない親の悩み
>父兄の理解を得られない先生の悩み
というのが子ども抜きにして進められてるかな。
先生と親も理解してくれない子どもの悩みというのを言いたいです。
親の暴力がひどいと表現の手段(不登校)すらできなくなってしまうんです。
初めてみる人すら信じれない。おかげで相手の心を読めるようになったけど、ちっともうれしくない。
両親から放置された挙句、学校でも捨てられた。弟は可愛がられる。
親が心の痛みを理解しないがために親に殺されかけて、フラッシュバックが出現するようになって精神科に通院してもお金出さないです。内科のは喜んで出します。まだ診断にはいたってなくて支援はどこもなくて、自分で公的機関を回って根回しするしかありませんでした。親がだめすぎると裁判しかないのかなという状態です。被害者が家を出るということばかり言われますが、加害者を追い出すことはあまり知られてないです。
子どものときに法律知識を持っても、親が理解しないと無駄になってしまいます。学校と加害者とやりあうために勉強しても親にだめにされました。

私は親心と思ったことは一度もないです。ずっとお金を出してくれる人として対応していました。そうしないと自分が壊れるくらい親が無能だから。弟との協力も親に必要なお金を出させるため生きるためには仕方なかった。

ちなみに家族(上の世代も)全員発達障害で、気づいていて対処ができるのが私だけという状態です。母親が虐待を受けていたこともあって完全に機能不全家族です。

他人に対して技術を使うと、自分が救われなかったというので反動がすごいです。心の傷を何とかしないと技術を使うどころではないです。というわけで今のところ当事者です。

最近、さびしすぎて書きすぎてます。テーマもはずしていると思う。ごめんね。

技術いらないから、家族がほしかった。
aki |  2009.09.24(木) 00:46 | URL |  【編集】

●同感です!

絢未さん、はじめまして。はじめてこちらのブログにお邪魔させていただきましたが、本当にそうですよね。

うちの子も早期に診断されたので、幼稚園時代にいろいろと頑張って、今は普通に小学校に通っています。友達とコミュニケーションを取れるようになったし、本当に「普通にみえる」んです。

だけど「普通に見える=困っていない」ではなく、困っている場面でも困っていると言えない現実があります。

担任の先生には、家での取り組みや支援の仕方を説明してわかってもらっていますが、学校で何の問題もなくても訴え続けるしかないのかなぁ~と思っています。

はぴママ |  2009.09.24(木) 11:51 | URL |  【編集】

●共感します。

うちの子は、早くに診断してもらったのにかかわらず。
おかげさまで状態もいいので、困りごとが少なく済んでますが…。
それでも、発達特有のストレスを、家では訴えてます。
学校がおもしろくなってきているのも、そこに原因はつきます。

しかし、先生方はどうしても、動きが大きくて、自分が困ると感じる児童さんを問題視して、
うちの子は問題があるとさえ感じてもらえません。
先生が問題視されている児童さんは、
当然、親御さんは障害だなんて思ってられないので、診断も受けられてません。
どうして、診断を受けて、対処している児童には問題視されなくて、
動きが大きい児童にだけ注目するのでしょうね?

二次障害が出ないと、問題視してもらえないとさえ思ってしまいます。
しかし、それでは、早期診断してもらった意味がなくなるなと思えます。
継続的な対処が続けられないのでは、診断は差別を受ける原因にしかならないように思えます。

プラス、学校の先生方は、軽度発達障害でも診断される、
意味が少し理解できてないようにも思えます。
それには、厚労省と文科省の見解の違い、情報交換のなさを感じますね。
maple |  2009.09.24(木) 12:13 | URL |  【編集】

●Re: タイトルなし

akiさん
コメントありがとうございます。
少し誤解をさせてしまったようです…ごめんなさい。

> 先生が理解してくれない親の悩み
> 父兄の理解を得られない先生の悩み
> というのが子ども抜きにして進められてるかな。

これは、子ども抜きにした悩みではなくて
子どもに寄り添って環境を整えていこうとした時に
親は先生に対して、先生は親に対して「理解を得られない」と
悩まれる事が多いという事なんです。
言葉が足りなかったですかね…すみません。

akiさんは私よりもずいぶんお若い方なのかな?
色々と辛い思いをされているんですね。
私も機能不全のとんでもない家庭環境だったので…
辛いですよね、さみしいかったし…

でも、akiさんは自分のおかれた状況で
精一杯に生きる努力をされてきたし、
今も進行形で精一杯に生きておられるんですよね。
どうか、そんな自分をいっぱい褒めてあげてくださいね。

絢未 |  2009.09.24(木) 21:40 | URL |  【編集】

●Re: 同感です!

はぴママさん
はじめまして!訪問、コメントありがとうございます。

> だけど「普通に見える=困っていない」ではなく、
困っている場面でも困っていると言えない現実があります。

そういう場面のフォローは必要だと思います…
例えば「わかりません、教えてください」が言えると
ずいぶん楽ちんになれると思うのです。
でも、それも練習とか経験が必要ですもん。

絢未 |  2009.09.24(木) 21:52 | URL |  【編集】

●Re: 共感します。

mapleさん
コメントありがとうございます。

お子さんの状態が落ち着いておられるようで何よりです。
お家でストレスを訴えるのですね~うちも同じです。

ある療育関係の方が…「学校で暴れてもいいよ!」と言いたくなるって
嘆いておられました。そのくらいしないと対応してもらえないから…

今はコツコツと訴えていくしかないのでしょうね。
絢未 |  2009.09.24(木) 21:59 | URL |  【編集】

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 |  2009.09.24(木) 22:13 |  |  【編集】

●Re: タイトルなし

そうだったのですね。
これからもたくさんいい出会いがありますよ。
また、遊びに来てくださいね。
絢未 |  2009.09.25(金) 15:27 | URL |  【編集】

●困った事=まわりの困った事

おっしゃるとおりその傾向は強いと思います。
実際に、発達障害の子どもを育てている親御さんでさえそのあたりを勘違いされている方もいらっしゃるような面もチラホラ・・・

問題は当事者自体が、自分の困った事を表現できない。または何が困っているのかさえつかめない。つかめない事だと思うのです。

息子も受動型でとてもおとなしい、まわりに迷惑をかけない子どもでした。当然先生も無視。(ニコニコ笑っているおとなしいだけの子どもでしたもの)
それが突然ネジが切れて、自分の意思のない人形のようになってしまいました。
気がついたときにはもう遅かったですね~
自傷行為、抜毛などなどで・・・こんなになるまで気が付かなかった自分をかなり責めました。
結果、学校には行かせない。ゆっくりエネルギーをためる期間と考えどれだけ話しても頭がカチカチの担任と息子を引き離し、学校の窓口も、教務主任にしました。
(教育センターなどで相談して・・・)

子どもが壊れるのは辛いです。

支援は、訴えてこそ得られるものです。
(これは仕方がないと思っています)
子どもたちには受動型であろうとなかろうと、自分を見つめさせる。自分が少しでも???となったら信頼できる大人に頼る。これを少しずつ教えている所です。

やはり当事者が声を出す。
これが、本物の支援に結びつくのだと思います。
むつかしいけど・・・・
はるぼん |  2009.09.25(金) 19:15 | URL |  【編集】

●Re: 困った事=まわりの困った事

はるぼんさん

コメントありがとうございます。

> 問題は当事者自体が、自分の困った事を表現できない。

何をどう困っているのか説明するのは大人でも難しいと思います。
特に子どもの場合は難しいですよね…
私は子どもに「うわ~」と叫んで教室から飛び出してもいいと言った事が
ありますが…そんなことできないよ~と泣いてしまいました。

> 支援は、訴えてこそ得られるものです。

そうですね、声を出さなければ何も変わりませんけど
あきらめずに訴えていけば、少しずつでも変わっていくと思います。

> 子どもたちには受動型であろうとなかろうと、自分を見つめさせる。自分が少しでも???となったら信頼できる大人に頼る。これを少しずつ教えている所です。

本当にそれは大事ですね。自分を見つめる、信頼できる人に頼る、
それが出来るとずいぶん生きやすくなると思います。
子どもたちのためにも、私自身のためにも
「こんなタイプの人間もいるんです!」と伝えていきたいです。
絢未 |  2009.09.25(金) 22:58 | URL |  【編集】

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